考古発掘 かわら版 第一信 2009/5
「川目A遺跡・縄文時代の土器変遷を立証する土器群」
東北・岩手の盛岡市にある縄文時代後期から晩期の遺跡。特徴は、大規模な遺物包含層の広がり、それにはさまれた複数面の配石遺構群、多量多種多様な出土品である。縄文時代晩期前半、後期中頃、後期前半と地層ごとに検出される土器によって土器の流行の変遷を知ることが出来る。女性をあらわした土製の人形や動物をかたどった土偶など600点に及ぶ土偶、石刀なども出土している。
「市三宅東遺跡・2世紀頃の割竹型木棺」
滋賀県野州市にある弥生時代後期後半(2世紀)の遺跡。スギ材を使った割竹型木棺が出土。この木棺は半円形に割った木の中をくりぬいてつくり、本体とふたを合わせて棺とする。出土した木棺の長さ3㍍53㌢、最大幅は65㌢、最小幅45㌢、厚さは4㌢。このような木棺はこれまで古墳時代前期(3~4世紀)を中心に確認され、大阪府八尾市で出土した3世紀のものが最古とされていたが、この木棺の出土で、1世紀早まったことになる。
「大福遺跡・2世紀後半の木製の鎧」
奈良・櫻井市にある弥生時代後期(2世紀後半)の遺跡。木製の鎧やすき・くわなどの農耕具、容器など生活用品とともに出土。鎧はトチの木で造られている。鎧は左前胴、左前胴、後胴の3つの木甲で構成されている。今回検出された遺物はその1部である。左前胴はほぼ大半が残っており、高さ27㌢、幅21㌢、左前胴は脇下の一部、後胴は高さ36,5㌢、幅19㌢の半分が残っている。いずれの木甲にも多数のひもの穴があり、耐久性の強化や装飾などのためと見られる。全国では30例前後あるが、奈良県内では3例目でもっとも古いことになる。
「犬島貝塚・紀元前7600~8000年と推定」
岡山市・犬島諸島・地竹ノ子島にある縄文時代早期に成立した貝塚である。島の南側にある第1貝塚は東西8㍍、南北5㍍以上、北側にある第2貝塚は東西10㍍、南北5㍍以上と判明。二つの貝塚はともに花崗岩の堆積土に覆われて保存状態は良く、およそ300点の土器や石器と、汽水域に生息するヤマトシジミなどの貝類676点が出土。「炭素14年代測定」方式での分析で、第1貝塚は紀元前7600~7800年頃、第2貝塚は紀元前7600~8000年頃に出来たのではと推定された。
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